イナセナナナメヨミ。

毎日の生活でふと思い浮かんだことを書き綴るものです。徒然草を100倍希釈したものだと思っていただければ。

音楽と羞恥心の傾聴

Beatsのイヤホンを使っていたら、サブカルくさいとバカにされ、だったらいっそとマーシャルのBluetoothイヤホンを使い始めた。

フルワイヤレスではなく、左右のイヤホンが線で繋がっているタイプだ。これがなかなか優れもので、磁石でくっつく仕組みなので首から下げていてもスルッと落ちることがないのだ。

と、油断していた矢先、先日街のどこかに私のマーシャルは旅立って行った。可愛い子には旅をさせよとはよく言うが、出来れば避けたい旅立ちであった。

次のイヤホンが届くまで、やむなく以前使っていたコンビニの有線イヤホンに手を伸ばす。はじめは室内で使っていたので分からなかったが、外に出て音楽を聴いていると違和感を覚えた。

別段いつもと違うことはしておらず、歩き方が変わったわけでも、利き足が変わったわけでもない。しばしの勘案ののち、違和感の正体はイヤホンのコードだと分かった。耳からポケットにかけて紐が伸びている状態がどうにも居心地が悪い。さも「私の心は音楽で街の喧噪から離れたところにいますよ」みたいな顔で歩いている。自分の恥ずかしい姿が世の中に晒されている。ICカード慣れが引き起こす、切符購入の今更感に近い。禁断の果実を口にしたアダムとイブは裸を恥ずべきものと考えるようになったそうだが、そのビフォーアフターをイヤホンで追体験することになるとは夢にも思わなかった。

そういえば、オリンピックに備えて街中の電線も姿を消したらしい。街の景観を整えるためだそうだ。246沿いなんかを歩いていると特に実感する。

どうやら今の時代、有線は余分らしい。マッチングアプリが巷に溢れ出し、遅かれ早かれ運命の赤い糸もワイヤレス化してしまうのだろう。だが、せめて人との繋がりくらいはアナクロだろうが大事にしたい、こんなご時世だし。なんてことは特に思わず、とりあえず文明の利器に感謝しつつ、今日も耳から線を伸ばす人を微笑ましく眺めて歩く。